◆光善寺 沿革
大正4年 開基 釋隆昌は三重県員弁郡大泉高田派万福寺住職佐藤徳嚴の弟にして、三重県 明村萩原光善寺住職となる
大正7年 教線拡張の為、大阪市東区(現中央区)農人町に光善寺説教所を設立し弘教宣布に努む
大正9年 隣接の小学校拡張の為立ち退くこととなり天王寺区勝山の現在地に移転し専ら寺基の充実に努める
昭和5年 釋憲章 光善寺第二世を継ぐ
昭和27年 宗教法人の認証を受ける
昭和49年 本堂の老朽化により、前住職の意志を継ぎ再建を計画
昭和51年 2月竣工式
昭和52年 11月落慶法要を厳修
昭和63年 釋信隆 光善寺第三世を継ぎ寺門興隆に精進す
平成21年 釋信隆 大過なく職責を全うするも病気のため、住職を退任
同年11月 釋信敬 光善寺第四世を継ぐ
令和5年 4月合同納骨型永代供養塔・ペット永代供養塔建碑慶讃法要厳修